Kotaroさんのウォンバット話は、「ウォンバット研究をする日本人 其の一」をご参照。
Kotaroさんはタスマニア大学(University of Tasmania)のBachelor of Science - Zoology(動物学)を卒業。
その様子をKotaroさんのブログ「とあるウォンバット研究者の数奇な人生」にアップされているので、ご紹介させていただきます!
オーストラリアの大学進学で、動物関係の分野を希望をされる方は増えていると感じます。
動物について学びたい動機は皆さんそれぞれだと思いますが、Kotaroさんは幼少の頃、小児喘息がひどく入院もしていたそうです。
動物図鑑を眺めて過ごす日々、そして院内でマンドリルを知る頭のいい子どもとして有名になり、その後も神童としてタスマニア大学へ・・・ってなことではなく、幼少期から生物が好きだったんですね。
進学については紆余曲折あり(端折り過ぎ)、「面白そうな動物の研究をたくさんしていてフィールドワークとかが盛りだくさんのオーストラリアのタスマニア大学を選んだ」ということで、タスマニア大学進学が決定。
タスマニア大学行きが決まったものの、担任の先生からセンター試験受けろよ攻勢があったようですが、「お金振り込み忘れた」作戦でやり過ごしたとか。
メンタルが強い(笑)
ブログを読んでいてびっくりしたことは、Kotaroさん、最初英語力は壊滅的で空港に迎えに来てくれていたホストファミリーの「Are you Kotaro?」も聞き取れていなかったそうです。
それが今やオーストラリアでウォンバットの研究をする程までに・・・英語の勉強にもがく高校生に夢と希望を与えてくれます(でも、英語に関しては高校で学年平均以下だったものを、学年2位まで上げているのですごいです)。
タスマニアへ出発でお母様とのお別れシーンは、留学経験者は結構共感する部分があるのではないかと思います。
そのまま引用させて頂きます。
駐車場から会話もなく駅構内を一緒に歩き、そうこうしているうちに改札へと着きました。 「お世話になりました。」 蚊の鳴くような小さな声でそうボソッと言い残し、振り返りもせず改札をくぐったのを覚えています。 母はその時どんな気持ちだっただろうか。 どんな顔をしていたのだろうか。 僕も家族と離れることが本当はすごく不安ですごく寂しかったのかもしれません。 しかし、当時はまだまだガキで、素直になれず、つよがりのように冷たい態度をとってはその不安をごまかしていたのかもしれません。 何故もっと素直に感謝の気持ちを伝えられなかったのだろう、と今でも少し後悔しています。 |
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そして、2話完結予定だった自分のKotaroさん紹介も、全然完結していない!
というわけで、其の三へ続く・・・
Kotaroさんのタスマニアへ出発までの内容は、こちらごご覧ください。